「高年齢者雇用安定法改正」企業に必要な対応とは?

2021年07月06日

2021年も半分が過ぎようとしています。
コロナ禍での経済活動も1年以上が経過しました。
どの企業様でも、感染対策だけでなく、人々の意識が変わる中での経済活動の継続ということで、臨機応変な対応が求められた1年だったかと思います。

さてそんな折、実は今年の4月から一部が改正された「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)が施行されたことはご存じでしょうか?
逆ピラミッドの人口分布となって、労働人口の減少が叫ばれる中、ミドル・シニア層が社会で求められる役割は年々大きくなっています。
今回はこの法律施行によって企業がどのように対応すべきかなどについて、お伝えしたいと思います。

■今の時代を反映した法改正

ご存じの通り、少子高齢化が急速に進展し、人口は減少の一途をたどっています。さらに人口に対する高齢者が占める割合は増す一方です。
さらに、2020年度版厚生労働白書によると、2040年時点で65歳の人が90歳まで生きる確率は男性42%、女性68%となっています。(右図)
日本はまさに「人生100年時代」を間違いなく迎えているのです。
(参考:2020年版 厚生労働白書 https://www.mhlw.go.jp/content/000684406.pdf

このような状況下で、経済社会の活力を維持するためには、働く意欲のある高齢者の活躍が不可欠です。

そこで、そのような高齢者が、その能力を十分に発揮できるような環境の整備を目的として、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)の一部が改正されました。
この改定では「65歳までの雇用確保から70歳までの就業確保措置が企業の努力義務」となって、2021年4月1日から施行されています。

そしてこの法施行を受けて、企業には少子高齢化を強く意識した雇用制度への取り組みが求められています

■ナゼ、イマ法改正が行われたのか?

世界的に見ても群を抜いて人口に占める高齢者の割合が高くなっている日本。
実際、下のグラフでも明らかなように、この30年ほどの間で、出生率は大幅に低下しており、高齢化率 は着実に上昇しています。
特に1980年には9.1%だった高齢化率は2018年には28.1%となっています。

また、その一方で、出生率の減少により、総人口は2010年あたりを境に減少局面に入っています。
そして、グラフ右半分の推計部分のグラフでもわかるように、今後ますます総人口は減り、反比例するように高齢化率が上がっていることが容易に推察されます。

このような中、2015年9月には、当時の安倍政権が「一億総活躍社会の実現」を掲げました。
「性別や年齢に関係なく、あらゆる人が、あらゆる場で、活躍できる」いわば「全員参加型」の社会の実現を目指すものでした。

そしてその発表からすでに6年。
高齢化はますます深刻化しており、膨れ上がる一方の医療費、年金など政府の財政面にも暗い影を落としています。

いっぽう、政府側の視点だけでなく、労働者の視点として考えてみましょう。
2020年に話題となった「老後2000万円問題」にも代表するように、定年後の資産確保はほとんどの労働者にとっての懸念事項です。
さらに、健康寿命も延びていることで、定年後のさらなる勤続意欲がある人も多く、それ以外にも第二、第三の人生を考える人も少なくありません。
これらの意欲を活かす場所が、以前にも増して必要とされています。

これらのことから、
政府にとっても働く意欲のある高齢者にとってもwin-winの制度ということで、今回の法改正が進められたと考えられます。

それでは、今回の高年齢者雇用安定法の改正、いったいどのようなことが改正されたのでしょうか?

■法改正のポイントは「就業の確保」

「高年齢者雇用安定法」の改正については、2013年4月の改正で雇用確保措置として「65歳までの定年延長」「定年廃止」「65歳までの再雇用」がすべての企業に義務づけられました。
そして、今回の2021年4月の改正では「70歳までの就業機会の確保(努力義務)」が加わりました。
ここが大きなポイントと考えています。
具体的には以下の5項目のいずれかの措置(高齢者就業確保措置)を講じるよう努める必要があります。

  1. 70歳までの定年引上げ
  2. 定年制の廃止
  3. 70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入
  4. 70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
  5. 70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入
    ・事業主が自ら実施する社会貢献事業
    ・事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業

つまり、現在65歳から70歳までの間、本人が希望するのであれば企業としては、引き続き活躍の場所を提供していくよう努める必要があるという内容です。
そして、その活躍の場所の提供方法については、各企業にゆだねられているということがわかります。
これまでの改正で「65歳までの雇用確保」は「義務」となっていますが、今回の改正では一律に「定年を70歳までに」という改正ではないのです。
70歳までの就業確保」が努力義務となっているのです。

■就業期間延長のメリット・デメリット

それでは、就業期間の延長によって、どのようなメリットやデメリットがあるかを見ていきましょう。
企業側と従業員側に分けて、それぞれのメリット・デメリットをまとめました。

企業側から見たメリットとデメリット

メリット

デメリット

安定した労働力確保ができる

人件費が増加する

後継者育成(技術・経験)にかかる時間や費用を抑えられる

賃金が下がる場合のトラブル対応(対話の機会増大)が増える

自社の方針や施策、就業規則、人事制度などを見直すきっかけになる

組織の若返り(権限移譲)が損なわれる可能性がある

他社との差別化になり、企業価値の向上や雇用の確保に繋がる

組織全体の活性化を視野に入れて施策を検討する必要がある

 

年下上司が年上部下をマネジメントするケースへの対応が必要になる

従業員側から見たメリットとデメリット

メリット

デメリット

働く意欲が向上する(会社・社会からの期待)

これまでより低い賃金での労働となる可能性がある

業務の棚卸し等により、仕事の幅が広がる(後継者育成、生産性向上)

目的・目標・キャリア形成の欠如が起こりやすい

会社の価値観を改めて見直しできる

加齢による健康上の問題発生リスクが生じる

このように、「就業期間の延長」という人事制度を変更するメリットもありますが、当然デメリットも考えられます。

では法改正を好機ととらえて、企業としてプラスを生み出していくためにはどうしたらよいでしょうか。

「従業員が70歳まで働ける仕組みの整備」が努力義務となった今、前述のようなメリット、デメリットも念頭に置きながら、単純な「就業期間延長」だけではなく複数の選択肢をふまえた自社の方針や施策を検討する必要があります。
つまり、「定年を70歳にする」「定年制度を廃止する」というような「人事制度そのものの変更」に合わせて「企業としての"人事戦略の見直し"」が必要です。さらに「従業員側の"意識の変革"」が必要なのです。

■成長し続けるための人事戦略の改正

高齢化社会で企業が成長し続けるためには早急に手を打っていく必要があります。
そのためにトップは、以下のような準備が必要です。

  • 役職定年や定年を迎える社員に対して、自社の方針や施策を事前に伝える機会をつくること
  • 経験に応じた役割を与えるとともに、担ってほしい役割と期待を明確に伝えること
  • シニア層以外のすべての従業員が力を発揮しやすい環境を生み出すという視点を持つこと

そのうえで、以下のようなことを取り組みましょう。

■新たな役割を設計し、活躍の場を創る

シニア人材がこれまでの長きにわたって培ってきた経験が生かせるような役割を設計しましょう。
「エキスパートプレイヤー役割」「マネジメント役割」「企業内外間・組織間・チーム間の橋渡し役割」「専門分野の知見・ノウハウ・スキル・技能の伝承役割」「若手人材育成役割」など、具体的な役割を設計します。
さらに、実践する活躍の場(組織・チーム)を創り、シニア人材の意識を転換させられるような組織やチーム、プロジェクトといった活躍の場を創ります。
このことは、企業としての内部の活性化、企業価値の向上だけでなく、生み出すサービスや製品の価値向上にもつながります。

■人事戦略(制度・教育)を再構築する

現行の人事制度や教育制度に加えてもしくは全体を見直す形で、多様な雇用パターンの選択肢、報酬体系の整備など役割を与えられた人が活躍できる場を創りましょう。
自社に合う多様な働き方の選択肢を提示できるように制度の設計を行うことがポイントです。
さらに、シニア層にも改めて、新たに設計された役割や活躍の場に合わせた教育研修機会の創出を行いましょう。
世代間のコミュニケーション促進や寛容な他者への気持ちの醸成など研修など、新たに与えられた役割の中で求められるスキルや能力を伸ばす研修計画が必要です。​

■成長を後押しする意識の改革

では法改正への対応として人事戦略を変更し「定年を70歳にした」。
これでよいのでしょうか?


会社員として長く勤めてきて「定年がゴール」そう思って働いているミドル層、シニア層の方も多いのではないでしょうか?
今回の法改正を機に、この「定年がゴール」という気持ちのまま「定年の延長」になったらどうでしょうか?
このような人事制度の変更が実現化されると、働き甲斐(モチベーションの向上)に結びつかない…むしろモチベーションが低下する可能性があります。

ここで、働く意義を見出すうえで重要になってくるキーワードが「外的キャリア」「内的キャリア」とういう言葉です。
「外的キャリア」とは具体的な職種や業種や職業、役職や報酬など第三者が見てわかる(判断できる)キャリアのことです。
「内的キャリア」は自分の興味関心、やりがい、働きがいなど、いわゆる自分の中の価値観で判断するキャリアのことです。

たとえば、外的キャリアが高くても(高学歴高収入であったとしても)、内的キャリアが高いとは限らない(その仕事に満足しているかは本人にはわからない)というように、働くということは外的、内的なキャリアの両側面で成り立っています。

さて今回のテーマに話を戻します。

例えば、これまで「役職」や「報酬」といった外的キャリアに基づいた充足感は、役職定年や定年再雇用といった転換期により、簡単に崩壊してしまいます。
また、外的キャリアばかりを追い求めていると周囲や社会の価値観を共有できなくなったり、会社を離れた家庭や社会での存在意義を見失ってしまうことがあります。
自分らしいキャリアを歩むためには、外的キャリアに重きを置くのではなく、内的キャリアを重要視することが大切なのです。

とくにシニア層が働き甲斐を実感し自らが周りの役に立つことを実感するためには、まずは自分自身の内的キャリアを理解することが最も重要です。
内的キャリアを理解し、仕事の中でそれを見出すことができれば「自らが主体的・積極的に仕事に取り組み、働き甲斐を実感しながら結果として組織にも貢献する働き方」を実践することが可能です。

制度や戦略の整備をしたからと言って、このような意識改革なくしては、成功に結び付きません。

そしてさらに、シニア層に対して「明確に企業のメッセージを伝えること」そしてシニア層以外の層にもこのメッセージを伝えることが非常に重要です。
このようなメッセージを明確化し、人事制度としても戦略としてもシニア層の活躍の場を明示することで、意識の転換を図ります。
研修計画などでもこの意識改革につながるプログラムを採用することが有効です。
これまでの「組織の価値観の中で働く」という概念から「自分の内発的な価値観の中で働く」という意欲の向上へつながるような工夫が必要です。

シニア層がそれぞれの内的キャリアに目を向けて、働く意欲が向上すれば、「自分たちの目指す未来」としてミドル層や若年層の企業へのエンゲージメント向上にもつながります。

■変革のチャンスを活かす3つのポイント

現在、シニア層の戦力化を進める企業は、まだ多くないように思います。
法改正に合わせて、単純に「今までのままもう5年就業してもらう」これも一つの手でしょう。
しかし、これを機にぜひ、人事戦略の質的な課題に対応すべきと考えます。
すべての企業に課される変革のチャンスであり、重要な局面です。
今回ご紹介した内容を、以下に3つの実践ポイントとしてまとめてみました。

【1】新たな役割を設計し、活躍の場を創る

シニア人材が担える役割を設計し、さらに、実践し活躍できるチームやプロジェクトなどの場を創造する。

【2】人事戦略(制度・教育)を再構築する

シニア人材を活かすための人事戦略として雇用体制や報酬体制の整備、教育体系の整備をおこなう。

【3】シニア人材の意識を改革する

ミドル・シニア層の内的キャリアの啓発の機会を促し、外的キャリアにとらわれないシニア層の働く意欲の向上に努める。


さて、ここまで、法改正に合わせて取り組むべきことを挙げてきました。
いかがだったでしょうか?

コロナ禍で過ごしたこの1年。
人々の価値観やライフスタイルが大きく変化してきました。
今回の法改正を好機ととらえるか否か。
これを機会に、企業としての取り組みを見直してみるきっかけになればと思います。
 


キャリアプランニングでは、2021年8月4日にミドル・シニア層向け「キャリア・シフトチェンジのためのワークショップ」のオンライン説明会を開催いたします。
「キャリア・シフトチェンジのためのワークショップ」は、シニア世代になっても 職場の戦力となるための意識転換と今後の行動変容を促すための研修です。
今後のミドル、シニア層に変化を促すきっかけとなるワークショップ実施に向けた本オンライン説明会にご参加ください。