人材開発コラム COLUMN
~企業の在り方を考えるvol.2~ハラスメント防止義務化から求められる企業姿勢
2019年09月25日
2019年5月29日、企業にパワハラ防止を義務づける「労働施策総合推進法」の改正案が可決されたことをご存じでしょうか?
職場での「いじめ」や「嫌がらせ」の相談が年々増加傾向にあることを受けて改正されたものです。
今回は、このパワハラ防止の義務化を切り口に、これからの企業に求められる姿について、考えてみたいと思います。
>>過去記事 「~企業の在り方を考えるvol.1~「幸福学」からこれからの企業組織の在り方を考える」はこちらから
■世界的に加速化しているハラスメントへの意識の高まり
前述のとおり、パワハラ防止の義務化が企業に義務付けられることが決まりました。
施行時期は、早ければ大企業が2020年4月、中小企業が22年4月の見通しといわれています。
そして、今年の6月21日には、国際労働機関(ILO)の年次総会で、仕事上でのハラスメントを禁じる国際条約が初めて採択されました。
ここでは、「暴力とハラスメント」を身体的、精神的、性的または経済的危害を引き起こす許容しがたい行為などと定義し、対象となる「労働者」に契約上の地位にかかわらず働く人々も含め、「加害者および被害者」には取引先や顧客などの第三者が盛り込まれています。
また、加盟国は仕事の世界における暴力とハラスメントを禁止するための国内法令を採択するべきとも書かれています。
これにより、日本でもハラスメント防止の義務化が加速されることが期待されています。
このような国際的にも義務化や条約が採択される背景に、働く人々の多様化という背景が挙げられます。
特に諸外国では既に法定化されているところも多く、例えばスウェーデンでは、ハラスメントは差別であると位置づけられており、罰金刑を科されることもあります。
フランスでも、職場でのモラルハラスメントは法律で禁止されており、罰金や禁固刑を科されることもあるのです。
ILOの調査によると、職場のハラスメントを刑事罰や損害賠償の対象として直接禁止する国は、80カ国中60カ国です。
そのような中、日本はやっと法制化という段階であり、少し遅れをとっている、あまりにもハラスメントに関して鈍感であると言わざるを得ない印象です。
■遅れをとった義務化のタイミング
しかし、どうしてこのタイミングで義務化をされたのでしょうか?
前述の通り、国際的には「ハラスメント防止に向けて企業が取り組むことは”当たり前”」です。
つまり義務化されたことは、国際的な流れであるということは言うまでもありません。
しかしそれだけではなく、ハラスメントが企業内にあることは、現在国が進めていきたい様々な取り組み推進のために足かせとなっているのです。
この「足かせ」によって世界的な流れに乗れないどころか、企業の国際的な競争力の低下や、優秀な労働者の海外流出などの懸念からもこのタイミングで義務化されたのではないかと筆者は考えます。
■日本がハラスメント防止に後進国となっている理由
たとえば、今や誰でも耳にするようになった「働き方改革」について。
働き方改革を推進する上でよく耳にするのが、「今までの働き方を否定されているように感じる」という言葉です。
特に少し前までの日本企業では、長時間の残業が企業への忠誠度を示し、24時間働くことが美徳とされていました。
休日も返上で会社の行事に参加したり、上司との時間を過ごしたりと、プライベートと仕事の線引きが明確でなく、仕事の延長にプライベートがあるというような方も多かったのではないでしょうか。
世界的に見ても一人あたりの労働時間の多さ、休日の少なさは話題となることも多かったと記憶しています。
そのような価値観を持っている方にとって、昨今の働き方改革の波は、今までの自分たちの働き方を否定されていると感じるケースがあるのです。
「休日の上司からの誘いを断わる」「残業せずに定時で退社する」など
働き方改革により国として、企業として推奨する働き方から生じた従業員のこのような態度に対して
なかには、「上司の誘いを断るなんて!」「定時で退社するなんて!」と「嫌がらせ」「いじめ」といわれるハラスメントの形で現れることも少なくありません。
まさにこのような日本の昔ながらの働き方に対する「美徳」が働き方改革の推進を阻害しており、ハラスメントに対する意識が向上しない原因ともなっています。
また、女性活躍推進においても同じように、国としての施策の推進を阻害する傾向がみられます。
昔からの男尊女卑の考え方や、女性は家庭を守るものという考え方はいまだに根強く残っています。
そのため、特に女性の管理職登用については世界的に見ても非常に低い水準であることがこれを裏付ける一つでもあります。
また、女性が管理職に登用されても、それを機に男性職員から理不尽に嫌がらせをされたり、指示に従わない部下がいたり…と、実際の現場では「ハラスメント」と取られることが発生しているのも事実です。
中には女性同士で足を引っ張り合うことも、珍しくありません。
このような一見単なる、ねたみや自己否定にみえる些細な態度や言動ですが、積み重なり継続されることで対象者は心理的負担を感じる、いわゆる「ハラスメント」になっていくのです。
女性がこれまで社会において企業の中で、活躍する機会が少なかった日本企業だからこそ、ハラスメントへの意識が希薄であり、「女性活躍」の推進を阻害することになっていると考えざるを得ません。
■ハラスメント防止に現実的に取り組むためには
このような中では、国力を挙げてどんなに取り組んでも結果的に実現できず国際競争力は落ちるばかりなのです。
ではどうすればよいのでしょうか?
もちろん、法律で義務化されることでハラスメントの抑止力につながることは間違いありません。
ただ、私は以下のような着眼点をもつべきだと思っています。
従業員個人の視点として、
- 個人がハラスメントを正しく理解し、自らの言動を常に振り返る
企業の視点として、
- ハラスメント対策は組織の責任であることを認識する
- ハラスメントは人権侵害であることを認識する
- 被害者に与える影響を理解する
- 職場・組織に与える影響を理解する
このようなことが重要だと考えます。
では、もう少し詳しく見ていきましょう。
まずその前に、ハラスメントの基本概念として、以下を押さえておく必要があります。
■パワー・ハラスメント
同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えるまたは職場環境を悪化させる行為
■セクシャル・ハラスメント
本人が意図する、しないにかかわらず、相手が不快に思い、相手が自身の尊厳を傷つけられたと感じるような性的発言・行動・行為
■モラル・ハラスメント
言葉や態度、身振りや文書等によって、働く人間の人格や尊厳を傷つけたり、肉体的、精神的に傷を負わせ、職場を辞めざるを得ない状況に追い込むなどの行為
つまり、様々な場面での「嫌がらせ、いじめ」を指し、基本的には「他者に対する発言・行動等が本人の意図には関係なく、相手を不快にし、尊厳を傷つけ、不利益や脅威を与えること」です。
そして重要なのは、ハラスメントは許さないといった企業の姿勢と、ハラスメントを生まない職場づくりの2点だと考えています。
どのように職場づくりを行うかについて以下のようなデータがあります。
上記のデータからも、企業の姿勢を基準として示し、その上で社員への教育、指導、社内ルールの制定など包括的な取り組みを行うことが重要であることが分かります。
今回の義務化でも同様に、企業としてハラスメント防止に関する明確な「ルール」を作成し、その周知徹底および啓発活動を行っていくことが求められます。
私は様々な企業の方とお話しして、その取り組みについてヒヤリングをさせていただく機会があります。
その中で、先駆的に取り組んでおられる企業ではやはり、企業としてのルールを制定したうえで、以下のようなポイントについて、社員一人ひとりに対して理解を促しています。
- ハラスメントとは何か
- どのようにハラスメントは起きるのか
- ハラスメントを起こさないためにどうしていけばいいのか
そしてこれらの個人の視点醸成についてはそれぞれの企業や職種にあった「研修」を行い、従業員の意識改革を促そうと取り組んでおられます。
■個人の意識改革の前に、まずは企業の意識改革
しかし、残念ながら、中には「いじめ」や「ハラスメント」は個人の性格、個人の対応次第、企業としては「防止を呼び掛けている」のに…と考える企業の方もおられます。
これは大きな間違いです。
ハラスメントは組織の責任であるといわれています。
その上で、ハラスメントに対し会社としてどのような考えを持っているのか、その軸をはっきりと従業員に示すことが抑止力になるのではないでしょうか?
そして、作成するルールや実施する研修についても、その「企業姿勢」の上で成り立つべきものだと思うのです。
この姿勢がないまま、なんとなくうやむやにされることは、従業員の心理的安全性の担保がない、要は従業員にとって会社に対する安心感が生まれない状態ともいえるのです。
筆者が様々な企業の取り組みを聞く中で、筆者個人が最も重要だと感じることは、「ハラスメントに対し、企業が企業として明確な姿勢を示すこと」です。
■従業員の満足度はハラスメント防止にもつながる
今や「安心」や「安定」の市場・業界はないと言われる中、働く人々は皆どこかに「不安」を必ず抱えています。
そしてその「不安」を抱える従業員は「不機嫌な従業員」に成り得ます。
そして、ハラスメント発生の背景には必ず「不機嫌な従業員」が隠れています。
不機嫌な従業員はいろいろな理由をつけて、同僚や部下にハラスメントを意識的にもしくは無意識に行っているケースが多く見られます。
そしてその結果、ハラスメント被害者のメンタル不全や離職、従業員間のコミュニケーション不全につながります。
ハラスメントは起きてからでは遅く、被害者に残る心の痛みはなかなか消えないものです。
そしてそれらの状況は、企業としてのサービスレベルの低下につながり、最後は顧客も離れて経営悪化にもつながりかねません。
今回は現実的に目の前に迫ったハラスメント防止義務化を切り口に、再度企業の姿勢やあり方を考えてみました。
前回のコラムと同様、法制化をきっかけに従業員の幸せを本気で考える企業が増え、ハラスメント防止に本気で取り組む企業が増えることを、祈っています。