人材開発コラム COLUMN
ハラスメント相談担当者の心得と対応実務
2023年05月22日
2022年4月に労働施策総合推進法に基づく「パワーハラスメント防止措置」が中小企業の事業主にも義務化され、はや1年が経過しました。
しかしながら一向に減らないパワハラ問題。
社内にメンタル不調で休職や退職者がでたり、ハラスメント問題がこじれて訴訟問題に発展したり…と、多くの企業において課題が山積となっているのが現状です。
そこで、今回のコラムでは、ハラスメント防止コンサルタント(R)である筆者の視点から企業が取り組むべき体制整備や相談対応時の注意点とポイントについてお伝えしたいと思います。
※ハラスメント防止コンサルタント(R)は公益財団法人21世紀職業財団が認定する資格で、ハラスメント教育や事案解決を行うことのできる人材として認められた資格者を表します。
■ハラスメントの現状
令和3年度に厚生労働省が行った労働安全衛生調査では、「強い不安やストレスを持ちながら働いている」と回答した労働は実に53.3%と半数を超えています。
また、その強いストレスとなっていると感じる事柄がある労働者を対象として、その内容(主なもの3つ以内)をみると、パワハラなどを含む対人関係が4位となっています。
これらのことから、セクハラ、パワハラを含む対人関係は、労働者が安心して仕事を行っていくうえで、決して無視できないことがわかります。
では次に、労働紛争相談に関する調査結果についてみてみましょう。
毎年厚生労働省が行っている「個別労働紛争解決制度の施行状況報告」の調査結果によると、総合労働相談件数は増減がありますが、民事上の個別労働紛争相談件数は、パワハラ防止法施行後も減少することなく増加し続けています。
ハラスメント行為に該当する「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数が圧倒的に多い状況となっています。
上の調査結果から、パワハラ防止法が施行されて一旦減少しているものの、翌年また増加しており、法施行が一時的な効果に留まっていることがわかります。
各企業では、パワハラ防止措置義務化以降、研修の実施など含め、啓発活動に取り組んできたことと思います。
なのに、なぜパワハラに限らず、ハラスメント行為を減らすことができないのでしょうか?
「ハラスメント行為は、だれもが起こしうる行為」です。
「どこか他所で起きている事象」と片付けてしまったり、無頓着で当事者意識を持てていないことはありませんか?
また、相談を受けても、「それは本人の思い込みや気にしすぎではないか?」と軽視していませんか?
ハラスメント被害にあった被害者に対する対応知識が乏しいことが原因で、真摯な対応や的確な対応ができず、それが二次被害(セカンドハラスメント)に及んでいるケースも少なくありません。
ハラスメントに関する相談対応は、慎重かつきめ細やかに行うことがとても重要なのです。
■ハラスメントが企業に与えるダメージ
実は、職場におけるハラスメントによって、従業員や企業全体へ次のような影響を及ぼします。
・労働者の就業意欲の低下による職場環境の悪化、職場全体の生産性低下
・被害者の健康状態の悪化(メンタル不全など)
・労働者の休職、退職の増加
・風評被害による人員確保困難(新卒採用及び離職に中途採用など)
・コストの増加(人材募集コスト、損害賠償の支払い、弁護士費用など)
・ブランドイメージの低下、営業機会の損失による売上げ減少
では、ハラスメント対応を軽く考えた結果、企業が受けるダメージとはどんなことなのでしょうか?
ハラスメントの事案の中には、人間関係の問題の他に長時間労働などの背景が含まれていることがあります。
会社がそのことを把握しておきながら、何も対処しなかった場合は、企業として安全配慮義務違反(労働契約法第5条)、使用者責任(民法715条)などが問われることになります。
また、ハラスメントが訴訟に発展した場合、その多くはハラスメント行為者だけが不法行為責任(民法709条)を負うことよりも、企業側にも同様に損害賠償を命じられるケースが多いのです。
それは行為者も自社の従業員という位置づけのため企業側の使用者責任があるからです。
ですから、ハラスメント問題は当事者同士の問題と片付けられないのです。
そして、訴訟に発展した場合、時間も費用もかかるだけでなく、信用失墜にもつながりますから、非常に大きな代償を伴うことがあることを是非知っておいてください。
放置や見て見ぬふりは絶対にしてはいけないのです。
訴訟にまで発展しなくとも、退職者やメンタル不調者が出た場合は、SNSによる情報拡散や風評被害は止めることができません。
ハラスメント問題が起きること=レピュテーションリスク(企業イメージダウン)につながってしまいます。
そのリスクは、人材流出のみならず、採用困難ということにもなりかねません。
人材不足の昨今、このようなことは避けていかなくてはならないのです。
■ハラスメントの相談体制の整備
ではここで、ハラスメント行為が発生した場合の行為者、相談者へのフォローについて確認しておきましょう。
大きな流れは以下のようになります。
ここでは、【1】の初期対応(一次対応)がカギとなります。
皆様の会社ではハラスメント全般における相談体制は整っていますか?
公益通報者保護法の改正により、2022年6月以降は、従業員301人以上のすべての事業者に、内部通報制度の整備が義務付けられることになりました。
300名以下の企業においても努力義務となっています。
多くの企業で窓口設置に取り組んでいらっしゃるのではないかと思います。
しかしながら、相談担当者の知識不足や応対スキルが乏しいとお困りの企業様の声も多く聞こえてきます。
そのため、外部機関の相談システムを利用されている企業様もあるのではないでしょうか。
この外部機関においての一次対応は、相談者が社内の目を気にすることなく気軽に相談できるなどメリットもあります。
しかしながら、あくまでも事案対応のみとなります。
結局のところ【2】の事実確認以降は自社内で行っていく必要があります。
ただし、紛争などに至るような場合は、利益相反排除のため社労士、弁護士などの紹介を受けることになります。
また、契約機関を利用する際などで、自社で専門家を用意できない場合は同様の対応を行います。
いずれにしても、社内に知識を持ち、さまざまな対応可能な環境の整備や人員配置をしていくことは必要なのです。
■事前整備とヒアリング調査の実施時の注意点
まず、相談対応の前に
- ハラスメント行為者への厳正な対処方針の周知と啓発
- ハラスメントに関する規定内容の周知と啓発
の2点に関して整備しておく必要があります。
例えば、就業規則における服務規律等を定めた文書に、ハラスメントに該当する言動を行った者に対する懲戒規定を定め、その内容を労働者に周知・啓発するなどです。
ポイントとして、ハラスメントに該当する言動をした場合に具体的にどのような対処がなされるのか、ルールを明確化し、労働者の認識を高めておくことが重要です。
このように懲戒規定などを定めることで、どのような処分に相当するのかについて判断基準を明らかにすることが求められます。
その整備がされた上で、相談担当者としての責務について触れていきます。
ハラスメント相談担当者の主な役割
- 相談者のヒアリングと相談者の意向確認
ここで注意しておきたいのは、相談を受ける担当者は助言、アドバイスを行う立場ではないことを理解しておく必要があります。
相談者の意向を無視した助言、アドバイスによってセカンドハラスメントになる可能性がありますし、相談者に寄り添った対応になり得ないからです。 - 相談者の主張と意見を正確に聴取し、記録する
相談者のハラスメントの内容に応じて迅速かつ適切に事実確認をおこないます。
社内での問題を解決するために必要な情報を得ることはその後の対応にとても重要なことであり、被害者の救済につながります。
相談担当者に求められる姿勢
- プライバシーの保護と配慮
相談担当者は、行為者や周囲の人への事実確認をおこなうために、相談者の同意を得ることが重要です。
相談者の中には、ハラスメントに該当する事案であっても、報復を恐れるあまり匿名での報告を強く希望されるケースがあります。
このとき行為者の処分が必要となった場合に、行為者本人が状況を把握できないまま、処分を下すと、人事権や懲戒権の濫用と判断される可能性も危惧されます。
相談担当者は、相談者の不安の解消に努めたうえで、行為者や周囲の人への事実確認への同意を得ましょう。 - 相談者の立場の尊重
相談者は一人で迷いに迷った末に相談に訪れており、また不安や相談することへの葛藤を抱えた状態でもあります。
一次応対では相談者の主張の正確な聴取や意向確認を行います。
相談担当者がその事案に対する評価を述べたり、自分の経験を話して励ます等は絶対に避けるべきです。
相談者の立場に立つことが重要です。 - 相談者の気持ちに寄り添いながら、言語化を促す
相談者はさまざまな感情が入り混じった状態で考えをまとめることが困難なことが多いです。
そのため、相談担当者が主導的に内容を聴くのではなく、まずは相談者に語ってもらうよう心がけます。
時系列で順を追って話を聴いていくことも大事ですが、相談者が後から思い出すこともありますので、相談者の話したいことから話してもらいながら、考えを整理できるようサポートすることが重要です。 - 中立的な立場で真摯に取り組む
「相談者の感情に同調する」「行為者を加害者と断定する」「相談者に非があったかのように批判する」というような偏った言動は絶対に避けなければなりません。
また、相談者から同意を求められることもありますが、「〇〇さんは、そのように感じたのですね。それはお辛いですね。もう少し、××のあたりのお話をお聞かせいただけますか?」など、相談者が自分の気持ちを分かってもらえていると感じられるよう寄り添いながらも、中立的な立場で対応をおこなうことが大切です。 - メンタルヘルスの知識を持っておく
悪質なハラスメントの場合、相談者が精神面の不調をきたしているケースも多くあります。
「死にたい」など希死念慮を示す言葉が聞かれたり、心身の疲弊が著しい場合は、産業医や医療専門家の受診を促すことも必要です。
日ごろから関係各所との連携をおこない、いざというときに紹介できるよう準備しておくことも視野にいれておいてください。
さて、これまで相談者への対応について、相談担当者の職責と取るべき姿勢についてお伝えしてきましたが、いかがでしたか?
相談担当者としての注意点は十分お分かりいただけたと思います。
■環境づくりと相談担当者が身につけておきたいスキル
前述のように、ハラスメント事案をスムーズに解決するためには、一次対応となるヒアリングが一番重要です。
そして、このヒアリングのカギとなってくるのが、「いかに相談者が安心して相談でき、相談担当者が発生した事象を中立的な状況で把握できるか」です。
それには、職場での日々の関わりの中で、相談しやすい環境づくりは最も重要になってきます。
問題が深刻化する前に対処できるような関係構築がハラスメント防止につながります。
また、相談担当者の方には、ハラスメントに関する幅広い知見を広めておくことは言うまでもありません。
それに付け加えて、日ごろから以下のようなスキル習得をしておかれると良いでしょう。
- 傾聴スキル
- 質問スキル
- カウンセリングスキル
- メンタルヘルスの知識
上記のようなことに取り組まれると、より良い相談対応をおこなえると思います。
弊社の公開セミナーでは各種スキルを高めるためのお手伝いが可能です。
特に、ハラスメント相談担当者向けのセミナーでは相談対応に必要な要素をすべてお伝えしていきます。
また、相談体制においてもここではお伝えしきれなかったノウハウを社会保険労務士であり、ハラスメント防止コンサルタント(R)でもある講師からきめ細やかにおつたえします。
ぜひこの機会に弊社、公開セミナーをご活用ください。
文責:株式会社キャリアプランニング 教育研修営業部 21世紀職業財団認定 ハラスメント防止コンサルタント(R) 江見 美佳
参考文献:公益財団法人21世紀職業財団「改訂版 職場のハラスメント相談の手引き」